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Tamara #smudge(2019)  小林のキャリア初期を代表する《#smudge》シリーズの一作。  「スマッジ(Smudge)」とは、Photoshopにおける「指先ツール」を指す。本来は輪郭を少しぼかしたり、色をなじませたりするための補助的な機能にすぎないが、小林はそれを過剰に用いることで、写真から絵の具を引き延ばすような効果を画面に定着させた。リヒターのスキージによるペインティングが絵画と偶然性の境界を揺らしたように、《#smudge》はデジタルの中で“筆触”と“編集”が交わる場をつくり出した。  このシリーズで鍵となるのは「偶然性」である。カーソルの動きや処理系の応答は完全にはコントロールできず、その都度思わぬ色や形が立ち上がる。デジタルは数値による秩序を基盤としているにもかかわらず、その演算のズレが物質的なにじみのように現れる。この「デジタルにおけるマテリアルな偶然性」を可視化することが、小林にとって重要な実践だった。  さらにこの作品には、ある記憶が重なっている。小林が強く心に残しているのは、ネットで読んだ一つの体験談だ。若くして亡くなった兄を持つ弟が、久しぶりにマリオカートを起動したとき、兄が生前に残した“ゴースト”──タイムアタックの走行データ──と再会する。そこには兄の身体的な動きの痕跡が宿っており、ただのデータでありながら、弟にとっては兄そのものの記憶を呼び戻す存在になった。  《#smudge》もまた、そのような“痕跡”として捉えることができる。スマッジで歪んだ線や色は、単なるノイズではなく、小林自身の身体的行為とデジタル処理の干渉から生まれた痕跡である。それは人間的でありながら、同時に数値処理の偶然性をも帯びている。つまり、この作品は「編集=記憶との新しい関係の構築」という小林の基本的な態度を体現している。  《#blur #sharpen》が「写真をゼロに戻す」試みであったなら、《#smudge》は「触れることで必ず変形してしまう記憶の質」を直接的に描いた実践である。ここには、偶然性を抱え込みながら痕跡を残すという、後の作品群へと続く重要な萌芽が含まれている。 (installation shot by Keizo Kioku)
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