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Dougenzaka #blur #sharpen(2016)  渋谷で暮らしていた頃、小林がよく通ったセブンイレブンやガストの光景を写した初期作品。  この《#blur #sharpen》シリーズでは、まず写真全体をぼかし、その後に、輪郭を無理に引き戻すように「シャープネス・フィルター」を幾重にもかける。そうすることで、色はレッド、グリーン、ブルーの3色に分かれて等高線のように浮かび上がり、合成によってモアレやオーラのような印象を帯びる。  当時、小林にとって写真は「シャッターを切った瞬間に完成するメディウム」だった。その“完成”をどうやって崩していくか。ペインティングは白紙のキャンバス(ゼロ)から始まり、完成(100)へと向かう営みだが、モダニズム絵画──たとえばセザンヌの未完性や印象派の「途中の印象」──は過程そのものを作品として提示してきた。ならば写真でも、編集行為を100からゼロへと向けることで、「途中の不完全さ」を作品にできるのではないか。  この逆方向の実践は、ラウシェンバーグがデ・クーニングのドローイングを徹底的に消去した《Erased de Kooning Drawing》(1953)とも響き合う。完成をゼロに戻す行為そのものを作品化したラウシェンバーグの試みと同様に、小林もまた「完成した写真を崩し、ゼロに近づける」ことで、像と記憶のあり方を問い直していた。  編集とは記憶に触れる行為でもある。触れた瞬間に思い出が変形してしまうように、ストレートな写真であっても、すでに感傷が像を揺らしている。《Dougenzaka》に写っているのは、当時の生活の断片──都市の記憶と個人的な情感が、光学的なノイズのなかで再編されていくプロセスが可視化されている。 (installation shot by Keizo Kioku) --- もう終わってしまいましたが、wall_alternativeで開催されていた「Singular Visions」で展示していた作品の解説を投稿します。過去作(2016)から最新作(2025)まで、網羅的な展示になったからです。 英語テキストは画像内にあります。 Although it has already ended, I’d like to share an explanation of the works I...
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